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更新日:2010年2月20日

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安来市の紹介

史跡富田城(とだじょう)跡 「山中御殿石垣」

山中御殿石垣

 富田城は、島根県東部、安来市に残るこの地方を代表する広大な中世山城跡です。
 富田城の始まりは、十二世紀後半、源頼朝が出雲の守護として、 佐々木義清を任命した時とされていますが、尼子氏三代の戦国武将によって、最盛期を迎え江戸時代の初期まで多くの変遷を繰り返しました。
 尼子氏は、大内、毛利氏との戦いを繰り返しながら、 11ケ国にも及ぶ広大な領地を拡大しましたが、その後毛利元就によって攻められ、1年半の籠城にもかかわらず、富田城は、毛利氏の手に渡ってしまいます。 1600年関ケ原の戦いで徳川方に敗れた毛利氏は城を追われ、代わって徳川の命により堀尾吉晴が富田城に入りましたが、不便なことから、城を現在の松江城に移しました。
 今回「ふるさと歴史広場整備事業」により、石垣を積直したり、侍所など建物の復元をしています。

交通機関

JR山陰線安来駅よりバス25分
旭町下車徒歩7分

洞光寺所蔵「尼子経久(あまごつねひさ)」公肖像画

「尼子経久(あまごつねひさ)」

 曹洞宗の寺院で、山陰の禅窟といわれる名刹であります。 当山の開基は尼子清定、尼子経久の父子とされ、山号の金華山並びに洞光寺は、いずれも尼子清定の法号によるものであります。 両公(清定・経久)の、お墓は本堂横の、墓地中央正面に墓石が安置されております。
 この様に尼子氏菩提寺である処から、1972年5月尼子氏追悼の碑が建設されました。尼子経久公の画像は、掛軸として、洞光寺に所蔵されています。

交通機関

JR山陰線安来駅よりバス25分
合銀広瀬支店前下車徒歩5分

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