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更新日:2010年2月20日

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世羅町の紹介

大田荘の盛衰が収まった「大田庄歴史館」

大田庄歴史館

 世羅町の歴史をふり返るとき最も注目されるひとつにこの大田荘があります。
 備後大田荘は平安時代に在地の豪族・橘氏によって開発された荘園と推定されています。
 その後平清盛の子平重衡の領地となり 重衡はさらに大田荘を拡大させようとして1166(永万2)年には当時絶大な権力をもっていた後白河院に寄進しました。
 1185(寿永4)年には平氏が滅亡 院はその永代供養料として1186(文治2)年大田荘を紀州高野山根本大塔へ寄進しました。
 こうして以後270年間にわたり大田荘は高野山領として営まれることになるのです。
 また350年後の1540(天文9)年には 毛利対尼子の兵乱により今高野山が焼失したこともあり元就の娘が上原元祐に嫁いで住んだ沼域も近く、大田荘歴史館には、備中高松城の水攻めの際に豊臣秀吉から上原元祐に宛てた密書や元祐居城の今高野山城からの出土品なども展示してあります。

交通機関

JR三原駅下車 中国バス甲山行
終点甲山営業所下車徒歩5分

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