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更新日:2010年2月20日

墓地は、大寧寺裏手の遊仙窟(ゆうせんくつ)という山腹にあり義隆、義尊父子の墓をはじめ、最後まで従った家臣のほか公卿も含めて33柱の墓石が建てられている。
墓はいずれも宝篋印塔(ほうきょういんとう)形式のもので室町末期から江戸時代の面影がうかがわれる、山口を本拠として中国、九州に勢力を振るい、当時京都をしのぐ地方文化すなわち大内文化を生みだした守護大名大内氏最後の武将義隆は、周防、長門、豊前、筑前、石見、安芸、備後、七ケ国の守護として大内氏歴代の最盛期を現出し、また戦国武将としては他に類例を見ない文化人であった。
(大寧寺)
宇部空港から(車で)1時間30分
JR小郡駅から(車で)1時間
長門湯本駅->徒歩10分
->湯本温泉->徒歩10分
->大寧寺, 大内義隆主従の墓所
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