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更新日:2010年2月20日

室町時代の後半、戦国の世に入ると各地に有力な守護大名が台頭し、勢力争いを繰り返すようになります。
ここ、安芸の国では山口から大内氏が勢力を伸ばし、 厳島神社は次第に大内氏の庇護を受けるようになりました。
特に大内義隆は何度も神社に参詣し、鎧等を寄進するなど保護に力を入れましたが、1551年家臣の陶晴賢の突然の謀反によって、滅んでしまいます。
次いで登場するのが、毛利元就です。義隆と盟友関係にあった元就は晴賢に対抗し、1555年有名な厳島合戦で晴賢を破りますが、この戦いは宮島全島にわたる壮絶なものでした。
元就は戦いで荒れた神社を清め、同時に反橋、大鳥居の再建や社殿の新造を行ったり、天神社、能舞台を寄進するなどして復興に力を注ぎました。
こうして、毛利氏の保護のもとで、宮島は参拝客も増えはじめ各地の文化が流入して、門前町として発展していったのです。
JR山陽本線宮島口駅
広島電鉄宮島線
広電宮島駅よりJR宮島航路松大観光船で10分、宮島桟橋から徒歩で10分。
| 名称 | 分野 |
|---|---|
| 宮尾城跡 みやおじょうあと | 史跡・遺跡 |
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