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更新日:2010年3月12日

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三原市の紹介

三原城跡

三原城跡

 山陽新幹線三原駅上りホームから見えるのが、国の史跡にも指定されている三原城跡の天主台です。
 三原城は、1567年毛利元就の三男小早川隆景(小早川家養子入り)によって沼田川河口の小島をつないで築城されました。当時、城の姿は、まさに海に浮かんだように見えたため、別名を”浮城”と呼ばれ、豊臣秀吉や、徳川家康もこの地に泊まり、すばらしい配置に感嘆したといわれています。
 小早川氏以降、福島氏、浅野氏の支城として栄えてきた三原城も、 1893年、本丸を貫いて山陽本線が開通し、城郭のほとんどが壊され、今では天主台とそれをめぐる濠、船入櫓跡、船入り跡、本丸中門跡が残り、 昔のなごりをとどめています。
 現在、天主台跡及び船入櫓跡は、 史跡公園として保存整備が進められています。

交通機関

JR三原駅隣接徒歩2分

宗光寺(山門)

宗光寺(山門)

宗光寺の山門は小早川氏の居城であった豊田郡本郷町の新高山城の城門を移してここに建立したと伝えられています。4足門の切妻造り本瓦葺きの桃山時代の建築で1953年に国の重要文化財に指定されています。

交通機関 

JR三原西側徒歩7分

毛利元就の三男、小早川隆景の居城 新高山・高山(にいたかやま・たかやま)

新高山・高山(にいたかやま・たかやま)

 市街地から北西に1Km、沼田川西側にそびえる新高山は、1552(天文21)年小早川隆景が本拠を構えた山です。
 隆景は、対岸の歴代の居城高山城を引き払い、副城を大改修し、難攻不落の新高山城を構えました。
 隆景は、毛利元就の三男として生まれ、1551(天文20)年19歳の時沼田小早川17代城主として入城しました。 この城替えは、当時瀬戸内海で大きな勢力をもっていた小早川水軍を活用するため海への眺望と、船の乗り入れを考えたものといわれています。戦国時代末期特有の山城で、現在も本丸、北の丸、中の丸、鐘の段、匡真寺(きょしんじ)などの跡があります。
 1561(永禄4)年には毛利元就、隆元の父子が10日間滞在し、能楽などを催しています。
 新高山城を45年間本拠にした隆景は、元就の有名な「三矢の訓」を守り、父亡き後も毛利を支え、豊臣秀吉の天下統一後も、五大老の一人として政務に携わるとともに、文教、民政にも長け、文武両道に卓越した戦国時代を代表する人物の一人でした。

交通機関

新高山麓まで
JR山陽線本郷駅から徒歩15分
自動車5分

関連史跡等詳細情報

名称 分野
椋梨城址 むくなしじょうし 史跡・遺跡
三原城跡 みはらじょうあと 史跡・遺跡
米山寺 べいさんじ 神社・仏閣,史跡・遺跡
宗光寺 そうこうじ 神社・仏閣
新高山城跡 にいたかやまじょうせき 史跡・遺跡
女王滝 じょおうだき
久井稲生神社 くいいなりじんじゃ 神社・仏閣

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