ここから本文です。
更新日:2010年2月20日

戦国時代末期に、大内氏三家老の一人である杉治部大輔隆泰は鞍掛城主として周防国東部を固めていました。
1555年、毛利元就が10月1日厳島の合戦で陶晴賢(すえはるかた)を滅ぼしたのち、11月10日~14日(10月27日説もある)に7千の軍勢をもって 周防国に攻め込んできた最初の合戦が鞍掛合戦でした。
杉方は2千6百の将兵をもって鞍掛城と旧山陽道の南北に布陣し、毛利軍を迎え討ちましたが、大内からの援軍はなく鞍掛城は落城しました。
現在、城跡である鞍掛山山頂には展望台があり、古戦場谷津ケ原には戦死した将兵の千人塚と、そのそばに討死した家老宇野筑後守の末裔(まつえい)宇野千代女史直筆の追悼碑が建てられています。
JR玖珂駅から徒歩で15分
山陽自動車道玖珂ICから
車で10分

鞍掛合戦の史実を後世に伝えるとともに、古戦場「玖珂」を町外にPRする目的で1990(平成2)年から鞍掛城まつりを実施しています。 その内容は鞍掛合戦出陣の模様を忠実に再現する「鞍掛出陣絵巻」をメインに、ブラスバンド、子供みこし、手踊り、仮装等の大パレードや、町民が参加する芸能大会、大道芸、和太鼓などの催しがあり、出店関係では、瀬田工業団地の商品の展示即売会や、町内各団体及び商工業者が行うバザー、ゲーム等があります。
メイン会場はこどもの館前広場で、開催日は毎年11月の第3土曜、日曜の2日間です。
JR玖珂駅から徒歩で3分
山陽自動車道玖珂ICから
車で5分
Copyright© 2009 Hiroshima Prefecture. All rights reserved.
本ホームページに掲載の文章・資料などの無断転載を禁じます。

