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更新日:2010年2月20日

戦国時代、尼子毛利合戦の歴史の舞台となったのがこの瀬戸山城址です。毛利軍が尼子軍を攻撃するためには、どうしても瀬戸山城を突破する必要があり、三度の合戦のうち二度もこの地で激しい攻防がありました。 二度目の戦いとなった1542年には、大内氏4万の兵に対して、赤穴氏はわずか2千の兵で立ち向かいました。勝ち目のない戦に、 城主赤穴光清は赤名川を堰止め、瀬戸山城の前面の盆地に大きな湖をつくり、大内軍の攻撃を防ぎとめました。
ところが、堰が台風のため壊され、 水のひいた後大内軍に一気に瀬戸山城に攻め入られ、やりや刀、落石で防戦しましたが、ついに破れ去ったのでした。
瀬戸山城は、14世紀後半に築城された山城で、雲南地方随一の堅城で、本丸・二の丸付近には石垣等が残り、昔の面影をしのばせます。 眼下に見下ろす赤名の街の眺望はまさに絶景です。
JRバス赤名停留所より徒歩30分
一畑・広電バス赤名停留所より
徒歩35分

尼子毛利の攻防戦となった瀬戸山城下の赤名の街は、戦国時代激しい戦の場所でした。今の役場付近を堰止め、水を張って防衛した場所でもあり、現在はぼたん園として、毎年五月中旬頃、70品種1万本の大輪の花が咲き競っています。高原に立地しているため、花の色が鮮やかで、五月中・下旬のぼたん祭りにはたくさんの人で賑わいます。また、近くにはこの地方屈指の古社である赤穴八幡宮や瀬戸山城主代々の墓がある大光寺があります。
このぼたん園周辺の「道の駅」の中核施設となる「総合交流ターミナル」は、1996年12月下旬から営業を開始しています。
JRバス赤名停留所より徒歩2分
一畑・広電バス赤名停留所より徒歩5分
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